2008年07月07日

『アレクサンドル・ブローク詩十二』川崎彰彦訳・粟津謙太郎絵(編集工房ノア)/1981年


『アレクサンドル・ブローク詩十二』
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訳:川崎彰彦
絵:粟津謙太郎
出版社:編集工房ノア
出版年:1981


アンドレイ・ベールイとともに、ロシア象徴主義を代表する詩人、アレクサンドル・ブローク。
革命を強烈にうたいあげたブロークの詩に、マヤコフスキーら次の世代に大きな影響を与えた。
この詩『十二』も、それを代表する長詩。
どこかブレヒトの『少年十字軍』を思わせる。
だが、ブロークの名は、メイエルホリドの演出によってスキャンダルを巻き起こした1906年の『見世物小屋』で知っていた。
この『見世物小屋』を、ロシア近代演劇の幕開けと考えてもいいだろう。
それは、1918年のマヤコフスキー作、メイエルホリド演出『ミステリアブッフ』で確たるものとなる。
実験演劇の寺山修司もまた、この流れのなかにいる。
残念なことに、ブロークの著作も現在なかなか入手できない。

手元にあるブロークの著作は下記のとおり。
*『薔薇と十字架』小平武・鷲巣繁男訳(平凡社ライブラリー)/1995年
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2008年07月03日

『ボリース・パステルナーク詩集 早朝列車で1936-44』工藤正廣訳・解説(未知谷)/2004年


早朝列車で 1936‐1944
著者名:ボリース・パステルナーク(著)
     工藤正廣(訳)
出版社:未知谷
出版年:2004.10
ISBN :9784896421101


パステルナークもまた過酷なスターリン体制下を生きた詩人。
ノーベル賞を受賞していることもあってか、あるいは『ドクトル・ジバコ』がヒットしたためか、現在この国でもパステルナークのものは手に入りやすい。
本書もパステルナーク詩集全集の一冊である。
このシリーズの装丁は、すばらしい。
革命を経験し、その後生命の危機にたえずさらされたスターリン体制下の芸術家の活動は、ほんとうに興味深い。
スターリンがヒトラーのような単なるファシストではなく、絶対善の社会主義というものを背景にしながらの独裁制は、おのずと複雑な様相を呈していた。
そのなかで、抵抗と挫折を繰り返すソビエトの芸術家たちの生き方は、遠い昔のことではなく、現在のこの国の文化、政治状況と多くが重なる。
歴史を繰り返さないためにも、学ばなければならない。
余談だが、パステルナークはツヴェターエワの愛人でもあった。

手元にあるパステルナークの著作は下記のとおり。
*『ボリース・パステルナーク詩集 初期1912-1914あるいは処女詩集から』工藤正廣訳・解説(未知谷)/2002年
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2008年07月02日

『百年後のあなたへ マリーナ・ツヴェターエワの抒情詩』高山旭翻訳(新読書社)/1999年


百年後のあなたへ
著者名:マリーナ・ツヴェターエワ(著)
     高山旭(編訳)
出版社:新読書社
出版年:1999.04
ISBN :9784788070394


過酷なスターリン体制下を生きたソビエトを代表する女流詩人マリーナ・ツヴェターエワ。
18歳で華々しいデビューを飾ったものの、その後亡命を余儀なくされ、そしてふたたび祖国に戻ってまもなく、自ら悲惨な最期を遂げるツヴェターエワ。
恋多き女、ツヴェターエワ。
複雑な母親、ツヴェターエワ。
ショスタコーヴィチの声楽曲にも登場するツヴェターエワの詩。
このツヴェターエワの詩集もまた、この国ではなかなか手に入らない。
そういう意味では、ツヴェターエワの人生を追いながらの全詩集の抄訳で構成された本書は、現在貴重なものではあるだろう。
だが、訳者のツヴェターエワへの思いが強すぎはしないだろうか。これは、時々見られることである。こういったとき、訳者の自意識ばかりがこちらに向かってきて、詩それ自体が届いてこない。
残念ながら、別の訳を読みたい。
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2008年06月28日

『シャーマンとヴィーナス』ヴェリミール・フレーブニコフ マイ・ミトゥーリチ絵 工藤正廣訳・解説(未知谷)/2003年


シャーマンとヴィーナス
著者名:ヴェリミール・フレーブニコフ(著)
     マイ・ミトゥーリチ・フレーブニコフ(画)
     工藤正廣(訳)
出版社:未知谷
出版年:2003.03
ISBN :9784896420739


ロシア未来派を代表する詩人ヴェリミール・フレーブニコフ。
超意味(ザーウミ)詩で知られるフレーブニコフであるが、本書は平易な言葉で書かれた物語詩。
ロシアをアジアとしてとらえ、そのシャーマンと、西欧近代の象徴としてのヴィーナスとの出会いを描いている。
何も持たず、放浪しつづけた詩人の見た静寂の風景だろうか。
それは、深く想像力に充ちている。
絵は、甥にあたるマイ・ミトゥーリチ。
象徴主義を排し、まさにロシア未来派を開いたフレーブニコフ。
超意味(ザーウミ)詩ももちろんであるが、彼の数字をめぐる予言なども興味深い。
だが、ロシアの大地を愛し、漂白生活をつづけ、37歳で逝ったこの詩人の著作は、この国ではいま全くと言っていいほど手に入らない。
残念でならない。
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2007年09月16日

『エフトゥシェンコ詩集』草鹿外吉訳(飯塚書店)/1962年


『エフトゥシェンコ詩集』
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著者名:エフトゥシェンコ(著)
     草鹿外吉(訳)
出版社:飯塚書店
出版年:1962


エフトゥシェンコの詩は、ドミトリー・ショスタコーヴィチの『交響曲第13番(バービィ・ヤール)』から入った。
だが、ピンとくるのは、この『バービィ・ヤール』ぐらいしかない。他の詩は、あまりほめられたものではない。まだソ連の政治的弾圧が残っていた頃、さっそうと登場したエフトゥシェンコではあるが、そのパフォーマンスだけが目立っているような気がする。アジテーションでしかない。それでも、もしスターリンが生きていた時代ならこんな風には書かなかったのではないかとも思う。
しかも、ショスタコーヴィチの『交響曲第13番』が発表され、不穏な空気を察して、詩の一説をあっさりと書き直してしまった。
その後も、エフトゥシェンコは、変節してゆく。
以前、海外のショスタコーヴィチとスターリンについてのTVドキュメンタリーにエフトゥシェンコが出演しているのを観た。そこで、詩の朗読をしていたのだが、やはり言葉はむなしく届かず、パフォーマンスの人でしかなかった。
本書は、「世界現代詩集」のシリーズの一冊であるが、装丁は美しい。
posted by NIHEI at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌/ロシア・東欧
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