2008年04月23日

『世界がもし100人の村だったら』池田香代子再話 C・ダグラス・ラミス対訳(マガジンハウス)/2002年9刷


世界がもし100人の村だったら
著者名:池田香代子(著)
     C.ダグラス・ラミス(訳)
出版社:マガジンハウス
出版年:2001.12
ISBN :9784838713615


話題になった一書。
だれでも、これに近いことを考えたことがあるのではないか。
それが、一通のメールから多くの人を通りぬけるなかで、淘汰をうけてひとつの普遍的ともいえるものに定着する。
これは、たしかにひとつのメールというメディアの特徴であり、よいところをしめしているかとは思う。
ただ、メールの有効性は、これぐらいではないだろうか。
一歩間違えば、この本とは対極の恐ろしい形で人を殺してゆく。
最近急増している殺伐とした事件を見れば、それははっきりしている。
大事なのは、その後でも、身体をともなって人と人が向かいあうことだろう。
メールやネットを、身体を通さなくてすむ便利なメディアとしてとらえている限り、殺伐とした世界は加速してゆくだろう。
その内容とは別に、成立した過程に危うさもまた感じた。

2008年04月12日

『時間と他者』エマニュエル・レヴィナス(法政大学出版局)/1996年9刷


時間と他者
著者名:エマニュエル・レヴィナス(著)
     原田佳彦(訳)
出版社:法政大学出版局
出版年:1986.01
ISBN :9784588001789


リトアニア生まれのレヴィナスは、ドイツでフッサールとハイデガーに学んだ。
第二次世界大戦中にナチスの捕虜収容所に、パリ開放まで囚われる。
その後、ハイデガー哲学と対決姿勢をとってゆく。
この『時間と他者』は、講演の記録をもとにしているため、時間を他者との関係で検討しつづけるレヴィナスの根本テーマが、他の著作に比べてわかりやすく展開されている。
それにしても、アウシュヴィッツの問題は、いまなお人間存在に多大な影響を及ぼしつづけている。
本来なら、アジアでは南京や広島・長崎などの問題を、加害国でもあるこの国の人間によって検討されなければならない。
それこそ、継続している問題として。
ブログ検索