2007年01月26日

『水俣フォーラムNEWS』季刊夏号2005年(水俣フォーラム)


『水俣フォーラムNEWS』季刊夏号2005年
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出版社:水俣フォーラム
出版年:2005



この雑誌もまた、石牟礼道子さんと水俣に興味を持つ若い世代の人たちとの座談を中心としている。
若者を前にして、逆に石牟礼道子さんの過激さがうかがえて面白い。
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2007年01月20日

『季刊 魂うつれ』2006年4月号(本願の会)


『季刊 魂うつれ』
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著者名:本願の会
出版年:2006


この号は、水俣病公式発見50年を記念した特集号。
内容は、石牟礼道子さんと緒方正人さんの「加害・被害のワク組みをどう超えるか」をテーマにした対談。
石牟礼道子さんは、水俣病に当初からかかわり、報告、告発している作家である。緒方正人さんは、父親が水俣病による狂死を見、そして自らも水俣病患者である。この人の水俣の捉え方は独特だ。それは、ひとつの崇高な哲学といっていい。最終的に「わたしがチッソだ」と発言するに至る。まさに「加害」と「被害」のワクを超えようとする思考であり、態度であり、行動だ。
ほんとうに教えられることばかりだ。
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2007年01月18日

『自立へのたびだち 水俣「みちことオーサ」上映会報告集』1983年(「みちことオーサ」上映実行委員会)


『自立へのたびだち 水俣「みちことオーサ」上映会報告集』
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著者名:「みちことオーサ」上映実行委員会
出版年:1983


先天性脳性麻痺による手足に障害をもつ小山内美智子さんと、同じ障害をもつスウェーデンのオセ・ロームブリンク(オーサ)さんとの交流を描いたドキュメンタリー映画『みちことオーサ』(1982年)。
本書は、水俣病胎児性患者の人たちが、この映画の上映会を企画した報告集。水俣の胎児性の患者さんたちは、社会参加のために、そして自分たちの存在を知ってもらうために、ほんとうに積極的に行動する。その姿には、頭が下がる。
本書が出た1983年、僕は劇団を旗揚げした。しかし、同世代の彼らのことは何も知らなかった。水俣病を遠い昔の出来事と思っていた。恥じ入るばかりだ。
この上映会で、小山内美智子さんも水俣に入り、講演会などで多くの発言をする。そのなかで、もっとも印象的だったのは、「彼らが患者とよばれている」ことへの疑問だった。
たしかにその通りだ。彼らのことを「水俣胎児性患者」と書くのには、かなりの抵抗感がある。
「障害者」という言葉もそうだが、命名するのは、いつでも「健常者」と名乗る人たちであり、「善良なる市民」であり、そして「加害者」だ。
もう一度、彼らの側から言葉をつむぎださなければならない。
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2006年12月09日

『おらは おっだ ‘95水俣・夏の元気ワークショップの記録』1996年


『おらは おっだ‘95水俣・夏の元気ワークショップの記録』
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出版年:1996


これは、水俣病の胎児性の患者さんたちを中心にして、はじめてワークショップが開かれたときの模様を記録したもの。記録したのは、成沢富雄さん。
胎児性の患者の体験を他の健常者の人たちが聞き、みんなで詩にしたり、舞台にした。
(それにしても、胎児性の「患者」とか、「健常者」という言葉しかないのだろうか。これは、真剣に考えなければならないことだ。書いていて、違和感ばかりがつのり、現実に起こったことに言葉で歪みを与えているように思えてならない)
この舞台は、土本典昭さんの映画にも出てきたと記憶する。
ポジティブに生きようとする胎児性の患者の人たちに心打たれるのと同時に、彼らの体の不自由さではなく心の傷に揺さぶられる。そして、演劇にたずさわる者として考えさせられた。
ちなみにこれに次ぐものとして、今年(2006年)水俣でひとつの演劇が上演された。胎児性の患者の人たちへのインタビューを中心に構成されたもの。もちろん、彼ら自身も出演している。演出の花崎攝さんと知り合いということもあり、舞台を手伝ってきた。はじめての水俣であり、彼らともはじめて出会った。
水俣は、人も風景も優しい町だった。まるであんな悲劇などなかったかのように。
人は大きな悲しみを経験しないと、真に優しくなれないのかもしれないとも思った
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2006年09月18日

『証言 水俣病』栗原彬編(岩波新書) /2005年


証言水俣病


著者名:栗原彬(編集)
出版社:岩波書店
出版年:2000.02
ISBN :4004306582


この本は、1996年に開かれた『水俣フォーラム展』における、水俣病患者の人たちの証言をまとめたもの。
水俣病患者の人たちの証言は、そう多くはない。聞き書きなどの生の言葉を残すのもまだまだこれからやらなければならない私たちに残された宿題だろう。
そういう意味でも、貴重な本だ。
それにしても、水俣病の人たちはなんと優しいことか。緒方正人さんなど、まるで悟りを求める修行者のようだ。
そのなかでも、網元の娘として生まれた杉本栄子さんの言葉が、胸に突きささる。
「いじめた人んこつば恨まんようにするには、どげんすればよかろうか」
水俣病は、一企業が起こした公害事件としてだけとらえては、きっとまた繰り返すことになるだろう。水俣病は、差別もふくめたもっと複雑な社会の問題を提起している。そして、その提起された問題に、私たちはまだ何もこたえていないといっていいだろう。
水俣病は、社会の問題であると同時に、ひとりひとりの人間への問いかけでもある。
そういった意味でも、患者の人たちの証言は、いまだ重要な意味をもっている。
まるで、「のさり」のように。
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2006年09月17日

『水俣病』原田正純(岩波新書) /2005年


水俣病



著者名:原田正純(著)
出版社:岩波書店
出版年:1972.11
ISBN :4004111137


水俣病の第一人者である医学博士の原田正純さんの、最も普及した水俣病に関する入門書的一書。
原因不明の奇病とよばれた水俣病の原因究明からはじまり、日本チッソの廃液が原因であると国が認めるまで。
企業や地方の行政機関、国家の都合によって翻弄された水俣病患者の人たち。
医学会も例外ではなかった。
(東大医学部の教授連中をはじめとして、どれだけの医学者がチッソ擁護のための発言を繰り返したことか。そのために、日本チッソの廃液は、発見から十年も垂れ流されつづけた)
そのなかにあって、原田さんは徹底して患者の側に立ち、患者とともに水俣病に立ち向かった。
「水俣病のことは、患者に聞け」
原田さんのこの言葉が、当時の状況、そして原田さん自身の臨床の態度、すべてを言い尽くしているだろう。

手元にある原田さんの著作は、下記の通り。
* 『水俣病は終っていない』(岩波新書)/1985年
* J・JECブックレット10『胎児からのメッセージ―水俣・ヒロシマ』(実教出版)/2000年
* 水俣ブックレット2『“負の遺産”から学ぶ〜坂本しのぶさんと語る〜』
(熊本日日新聞)/2005年

上記の『“負の遺産”から学ぶ〜坂本しのぶさんと語る〜』における坂本しのぶさんは、胎児性の患者の方です。このなかでの坂本しのぶさんの発言は、どんな水俣病の本よりも、重く、そして希望を感じさせてくれる。
坂本しのぶさんは、1972年に開かれた「ストックホルム・国連人間環境会議」に参加している。
そのとき模様を『アサヒグラフ』が特集を組んでいる。
*アサヒグラフ「坂本しのぶさん 世界に訴える―ストックホルム・国連人間環境会議への旅」1972年6月30日号
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2006年07月18日

『水俣展』(水俣フォーラム) /1999年


『水俣展』
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出版社:水俣フォーラム
出版年:1999


1998年に、各地で開催された『水俣展』のカタログ。
水俣病の入門書とすれば、ビジュアルも充実しているのでお薦めです。
内容はかなり重複しているが、『水俣・東京展』のカタログも出ている。
どちらも、「水俣フォーラム」でいまだに扱っているので、入手可能。
posted by NIHEI at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 水俣
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