2006年01月26日

『ランボオ全作品集』粟津則雄訳(思潮社)/1965年


ランボオ全作品集
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著者名:ランボオ
出版社:思潮社
出版年:1965

アルチュール・ランボオ、二十歳そこそこで詩を放棄し、砂漠の商人になった男。
日本での人気は高い。多くの人が翻訳している。最初に日本でまとまった翻訳を出したのは、中原中也だった。取りつかれたように歩くところなど、二人は似ているところがある。そのせいか、中也はランボオに対してはシンパシーと反発を同時にもっていたようだ。
ランボオは渇いている。いつでもランボオは渇いている。
ランボオが詩を放棄した理由はいろいろ言われているが、僕はそれは詩をはじめた理由と同じではないかと思っている。
渇いているがゆえに詩を書くはじめ、渇いているがゆえに詩を放棄したと。
個人的に僕はアポロン的なものはあまり好きではない。単純すぎるように感じてしまう。ランボオの渇きも、単純なものとして感じてしまう。若き日の『地獄の季節』の一瞬のきらめきのように。
posted by NIHEI at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌/西洋

2006年01月13日

『ヴェルレーヌ詩集』堀口大學訳(新潮文庫)/1997年


ヴェルレーヌ詩集



著者名:ヴェルレーヌ
出版社:新潮社
出版年:2006.01
ISBN :4102171010


デカダンの詩人であり、フランス象徴主義の代表的詩人でもあるヴェルレーヌ。
音楽的な手法を駆使した。
上田敏訳の「秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの……」で日本でもよく知られている。
アルチュール・ランボーとの同性愛事件も有名。
終生、飲酒、放蕩に悩まされる。
個人的には、あまり好きな詩人ではない。
訳詩は本当に難しいと痛感する。
あるパフォーマーの仕事でカナダのモントリオールに行ったとき、先にあげた「秋の日」を原文で読もうということになった。韻が美しい。やはり、詩の翻訳は不可能だ。
亡命ロシア人監督アンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』でも、冒頭「詩を訳すのは不可能だ」というくだりがあったと記憶する。
posted by NIHEI at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 詩歌/西洋
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