2006年07月15日

『田中史子写真集 いのち生 四○年目の水俣病』田中史子(ジャパンプレス・フォト)/1994年


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著者名:田中史子(著)
出版社:ジャパンプレス・フォト
出版年:1994.09
ISBN :4915598284


40年目の水俣病。
人々の記憶からどんどん消えて行くが、人は生きつづけている。
決して水俣病問題は終っていない。
そんな姿を謙虚な目でとらえていて、好感が持てる。
だが、残念ながらこの写真集も入手困難になっている。

胎児性患者の半永一光さんも写真集を出しているのだが、この写真集も入手困難で、いまだに手に入っていない。残念でならない。

2006年07月13日

『水俣・厳存する風景 芥川仁写真集』芥川仁(水俣病センター相思社)/1980年


水俣・厳存する風景 芥川仁写真集
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著者名:芥川仁
出版社:水俣病センター相思社
出版年:1980


淡々と水俣の人たちの肖像写真がつづく。
水俣を撮ったものとしては、決して早いものではないが、だからこそその肖像写真の背後に漂う長い苦しい時間に胸を打たれる。
ポジティブに生きようとする胎児性の患者の人たちの姿が美しい。その姿は、悲しみも喜びもはらんだ普通の若者だ。恋だってする。
人が普通に生きようとしている、そんなことを感じさせる写真集だ。
だが、残念ながらこの写真集は絶版となっている。

追記/2006.12.8.
*『呼吸する原っぱ』森永郁子と芥川仁(世織書房)2004年

2006年06月12日

『桑原史成写真全集1 水俣』桑原史成(草の根出版会)2004年


桑原史成写真全集


著者名:桑原史成
     草の根出版会
出版社:草の根出版会
出版年:2004.06
ISBN :4876481415


報道写真家の桑原史成さんの全4巻からなる写真全集。
この第一巻に収められた「水俣」は、桑原さんのデビュー作。
いま見ても、その衝撃度は大きい。特に、胎児性の患者さんたちの記録は、胸がしめつけられる。
桑原さんは、大学を出たばかりの1960年に水俣と出会う。
水俣病の最初期に記録された桑原さんの仕事の業績は大きい。世間に水俣病を広く知らしめ、社会的な告発においても大きな貢献をした。
この時期、桑原さんの他に水俣を記録する写真家はいなかった。もし桑原さんがいなかったらと思うと、ゾッとする。桑原さんの写真は、その後の裁判でも貴重な証拠となった。
あのユージン・スミスも、アメリカで桑原さんの写真集『写真記録 水俣病 1960−70』をみて、水俣を訪れることになる。ユージンが水俣を訪れるのは、桑原さんが水俣を訪れてから10年以上も後のことである。
先日(2006年4月)、桑原さんにインタビューさせていただいた。実際にお会いした桑原さんは、ほんとうに気さくな人柄だった。この人柄のために、水俣病の患者さんたちに受け入れられ、長く水俣で仕事ができたのだろうと実感させられた。
手元にある桑原さんの本は下記の通り。絶版になっているものが多いのが残念である。

[現在入手可能なもの]
*『桑原史成写真全集』草の根出版会
 「1 水俣」
 「2 韓国」
 「3 筑豊/沖縄」
 「4 ベトナム」
*『水俣・韓国・ベトナム』1982年 晩聲社
*母と子でみる『報道写真に生きる』1997年 草の根出版会
*母と子でみる『水俣の人びと』2001年 草の根出版会
*『報道写真家』1992年 岩波新書
*『イムジンガン 垣間見た北朝鮮』2003年 草の根出版会

[現在入手困難なもの]
*『日本の公害2 水俣』1999年 日本図書センター
*『写真記録 水俣病 1960−70』1970年 朝日新聞社
 (僕はこの写真集が一番好きだ)
*『生活者群像』1980年 三一書房
*『水俣 終りなき30年−原点から転生へ』1986年 径書房
*『写真リアリズム 43 桑原史成自選作品』1977年 JSP
*『IWANAMI GRAPHICS 23 陶磁の里−高麗・李朝』1986年 岩波書店
*『韓国 心情 吐露』1990年 大月書店
*『写真で何ができるか』英伸三・桑原史成・中村梧郎 1986年 大月書店
*『病める大国/ロシア』1995年 ニコールクラブ
*『ぼくだけのストリッパー52人』1988年 竹書房
*『世界の旅客機』木村秀政 写真/桑原史成 1974年 平凡社カラー新書

2006年01月14日

風媒社ブックレット『平壌からの告発』伊藤孝司(風媒社)/2001年


平壌からの告発



著者名:伊藤孝司
出版社:風媒社
出版年:2001.07
ISBN :4833154102


フォト・ジャーナリスト伊藤孝司さんによる、元日本軍従軍慰安婦の人たちを追った衝撃の証言集である。
歴史の論理の中で消されてしまうひとりひとりの犠牲者の証言。おそらくフォト・ジャーナリズムの世界において、そこにスポットライトをあてることは今最も重要な作業に違いない。それは、膨大な時間と労力を要するにもかかわらず、マスコミから倦厭されるような仕事だ。だからこそ、それは重要な仕事であり、貴重な作品となる。
  *
「一日たつと彼女は死にかかっていたが、「言いなりになるくらいなら死んだほうがましだ」と言った。それを聞いた兵隊たちは彼女をなぶり殺しにし、首・腕・足・胴とバラバラに切断したのである」
「そして、妊娠三ヵ月の時、子宮ごと胎児を取り出す手術を工場内の病院で受けさせられたのである」
「兵隊たちは殺した女性の頭を釜で煮始めた。そして鄭さんたちを木刀で叩いて、無理やりその汁を飲ませたのである」
  *
これはほんの一部である。証言者たちに深く刻まれ、いまだ消えることのない身体への、そして心への傷。
これらの証言を疑うのは勝手だ。だが、なぜ疑おうとするのか。疑って何を守ろうとしているのか。
身体に刻みこまれた忌まわしい傷の記憶。その前で、その行為を肯定するどんな理屈が見つかるのだろう。
異常な戦時下では仕方ないという理由は通用しない。なぜなら、これらの行為は、逼迫した戦争の最前線のことでのことではないのだから。
でも、僕たちは戦争の異常な状況のなかでは、人間は何をするかわからないことをもう知っている。知っているのだったら、繰り返してはならない。繰り返すのは、やはり知らないからだ。本当に知ろうとしていないからだ。
仕方がないという答えは、未来もまた仕方がないことが起こることを是認してしまうことになる。それは、学ばないということだ。
でも、僕たちはどこかで殺す側で想像していないだろうか。殺してしまっても仕方ない状況になったらやはり殺してしまうだろうと。
逆を想像してみよう。相手が殺しても仕方ない状況にあったとき、自分もまた殺されても仕方ないと、想像できるだろうか。
殺す側の想像力だけしかもたない者に、学ぶ能力はない。
  *
手元にある伊藤孝司さんの従軍慰安婦関係の書籍は下記の通り。
*『証言 従軍慰安婦 女子勤労挺身隊 強制連行された朝鮮人女性たち』(風媒社)1992年
*『破られた沈黙 アジアの「従軍慰安婦」たち』(風媒社)1993年
*風媒社『続平壌からの告発』(風媒社)2002年

2005年12月26日

『ヒロシマの嘘』福島菊次郎(現代人文社)/2003年


写らなかった戦後 ヒロシマの嘘



著者名:福島菊次郎
出版社:現代人文社
出版年:2003.07
ISBN :4877981667


現在、福島菊次郎氏の著作で簡単に手に入れることができるのは、この『ヒロシマの嘘』と『菊次郎の海』(現代人文社)の2冊だけだ。

手元にある福島氏の他の著作は下記の通り。
*『原爆と人間の記録』(社会評論社) 1978年
*『戦場からの報告 三里塚1967〜1977』(社会評論社) 1977年
*『日本の戦後を考える 公害日本列島』(三一書房) 1980年
*『戦争がはじまる 福島菊次郎全仕事集』(社会評論社) 1987年
*『瀬戸内離島物語』(社会評論社) 1989年

どれもヘヴィな作品ばかりだ。それだけ、強く事実の深淵に迫っているということだ。どれも貴重な仕事だ。多くの人たちが知らなければならない事実をどれも伝えている。僕も多くの示唆と刺激を受け、興奮した。

「報道とは個人の視点を伝える営為で、国家の暴力や不正を監視、告発するのがジャーナリストの使命である」(『ヒロシマの嘘』)

ただ、気になる。引っかかる。それは、『原爆と人間の記録』を開いたときに感じた。
恐ろしかった。恐ろしい写真を撮る人だと思った。被写体の現実が恐ろしいのではない。撮り手が恐ろしいのだ。福島氏が恐ろしいのだ。
いずれこの問題は書かなければならない。もしかしたら、多かれ少なかれフリーのフォトジャーナリストが抱える危険をはらんだ問題かもしれない。

『ドキュメント写真は、人間の尊厳をいかに表現するかという行為であると同時に、レンズがいかにプライバシーを侵害するかという、二律背反によってのみ成立する両刃の剣である。その宿命的な矛盾に翻弄されながら僕はシャッターを押し続け、ドキュメント写真が歴史の証言者であろうとするとき、いかなる被写体にも正面から立ち向かうことができることを教えられた』(『ヒロシマの嘘』)

危うい。ここから隠されてしまうものがある。隠され、故に問題とされず、肯定されてしまうものがある。それは、フォト・ジャナーリズムから離れた福島氏自身のなかにある。と、僕は漠然と感じる。それ故、恐ろしいと。
「人間の尊厳」。被写体だけでなく、撮る者自身の「人間の尊厳」。人は関係性のなかで生きる。自己の決定は、他者があってはじめてなされる。人の関係性は、鏡の関係になってはならない。と、僕は思う。そんなことを僕は思う。
いずれにしても、じっくり考えなければならない問題だ。

2005年12月18日

『ヒロシマ・ナガサキ 韓国の被爆者たち 山本将文写真報告』山本将文(東方出版)/1987年


ヒロシマ・ナガサキ 韓国の被爆者たち 山本将文写真報告
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著者名:山本将文
出版社:東方出版
出版年:1987.08

様々なフォト・ジャーナリストがいる。
第二次世界大戦下のアジアに対する日本軍の犯罪を追っている者も多い。本書のように韓国の被爆者を追ったものも多数出版されている。
にもかかわらず、広く日本人の間に浸透していないのはなぜか?
恥じ入るばかりだ。

2005年12月15日

『写真記録 原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言』伊藤孝史(ほるぷ出版)/1987年


写真記録 原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言
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著者名:伊藤孝司
出版社:ほるぷ出版
出版年:1987.10

著者は、1952年生まれの戦後世代である。
にもかかわらず、伊藤さんの仕事は、第二次世界大戦における日本の東アジアに対して行なった犯罪へ執拗に向けられる。
いったい何が彼を駆り立てているのだろうか?
それは、わからない。わからないが、彼の執念のように追いつづける仕事は、貴重だ。
この『原爆棄民』も、貴重で、衝撃的な証言の連続だ。
特に、妊娠したまま被爆し、一週間後に流産してしまった人の証言は、全身の力が抜けてゆく。その赤ちゃんは紫色だったという。

差別と戦争の亡霊たちが支配するこの国にあっては、真のジャーナリズムは成立しにくい。
良心あるジャーナリストの仕事は、僕たちにとってこのうえなく貴重だ。
それは何より未来にとって重要な仕事だ。

2005年12月09日

『HIROSHIMA 半世紀の肖像』大石芳野(角川書店)


HIROSHIMA半世紀の肖像
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著者名:大石芳野
出版社:角川書店
出版年:1995.02
ISBN :4048511084


大石芳野さんの写真の強さは、どこから来るのだろうか。
インタビューもいい。特に女性に対するものが。
誤解を畏れずにいえば、女性の普遍的な眼差しだろうか。

この『HIROSHIMA 半世紀の肖像』(角川書店)は、原爆投下の日から遅れて来た者たち、そして広島から遠くはなれた場所に住む者たち、つまり当事者でない者たちの広島の記憶のリレーについてのひとつの方法を提示している。
同じ試みに、江成常夫氏の『ヒロシマ万象』(新潮社)がある。
僕個人は、大石さんの仕事に激しく揺さぶられる。
大石さんのフィールドワークの広さ、深さに敬服する。


Ohta Naoホームページ : http://www.geocities.jp/ot_nao/

2005年12月08日

『ふたりの画家〜丸木位里・俊の世界 本橋成一写真録』


ふたりの画家−丸木位里・丸木俊の世界



著者名:本橋成一
出版社:ポレポレタイムス社
出版年:2005.04
ISBN :4900918741


本橋成一さんの写真にはじめて触れたのは、もう20年以上も前になる。僕が演劇をはじめたばかりの頃。
たまたま書店で手に取った『サーカスの時間』という写真集。
次は、それから10年以上たった頃、銀座を歩いていたら、たまたま土門拳賞の展覧会が開かれていた。本橋さんの『ナージャの村』
この本橋さんの『ふたりの画家〜丸木位里・俊の世界』(オフィスエム)を開くと、何かはじめて見たという感じがしない。何度も親しんだ印象がある。その他の本橋さんの写真集も、どこかそんな感じをさせる。
ジャン・ユンカーマン監督の丸木夫妻を撮ったドキュメンタリー映画『劫火』も、同じような暖かさがある。
本橋さんとジャンは、一緒に仕事をしていた。かつて一緒に暮らしていたこともあるという。人に対するまなざしの暖かさ、それがふたりをひきよせたのかもしれない。
そして、この本は、写真もさることながら、生前の丸木夫妻の対話が抜群に面白い。

全く別の写真シリーズ、上野英信、趙根在監修の『写真万葉録・筑豊』のなかに本橋さんの写真を見つけて驚いた。後で知ったのだが、本橋さんの学生時代の仕事であった。
それらの作品は、後に『炭鉱<ヤマ> 本橋成一写真集』としてまとめられる。

追加−1

*本橋成一写真集『炭鉱ヤマ』(現代書館)/1992年
*本橋成一写真集『サーカスの時間』(筑摩書房)/1980年
*本橋成一写真集『魚河岸 ひとの町』(晶文社)/1988年
*『砂の旅人』文・立松和平/写真・本橋成一(駸々堂)/1993年
*本橋成一写真録『サーカスの詩 ベンポスタの子どもたち』(影書房)/1993年
*『ナージャの村』(平凡社)/1998年
*本橋成一写真集『サーカスが来る日』(現代書館)/2000年
*『アレクセイと泉』(小学館)/2002年
*『イラクの小さな橋を渡って』文・池澤夏樹/写真・本橋成一(光文社)2003年
*『アレクセイと泉のはなし』(アリス館)/2005年

2005年12月08日

『生きているヒロシマ』土門拳(築地書館)


生きているヒロシマ
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著者名:土門拳
出版社:築地書館
出版年:1978.01
ISBN :4806756016


圧倒的な写真集である。
特に、盲目の姉妹の写真は、胸を突かれる。
あらゆる演出を排除したリアリズムを提唱した土門拳の傑作だろう。
(福島菊次郎もその思想に惹かれ、東京へ出ることを決意した)

ただ、気になることがある。
実は、僕はあまり土門拳に興味をもったことがない。写真展も行ったことはあるが、どこか居心地の悪さを感じていた。
それは、どこか権威主義的なものを感じたことからくるように思う。
この『生きているヒロシマ』も、写真は素晴らしいのだが、文章に引っかかりを感じる。
土門拳は、被写体になった被爆者の人たちを通じて、広島市の被爆者に対する行政差別を知っていたはずだ。にもかかわらず、完成したばかりの丹下健三設計の平和記念公園を絶賛している。都庁を設計したあの丹下氏である。言葉が上っ面を滑ってゆく印象はぬぐえない。違和感を覚えざるを得ない。

そうはいっても、一見すべき写真集であることに変わりはないのだが。
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