2008年07月10日

エイヘンバウム編『ペテルブルグ物語』ニコライ・ゴーゴリ 船木裕訳(群像社)/2004年


ペテルブルグ物語
著者名:ゴーゴリ(著)
     船木裕(訳)
出版社:群像社
出版年:2004.07
ISBN :9784905821267


長く生きててよかった、などと思うことなど、ほぼないといっていい。
だが、今回ゴーゴリのものをまとめて読んで、ちょっとそんな思いにかられた。
ゴーゴリは遠い昔から読みたいと思っていた。不思議なことに、それが何十年もつづいた。こんなケースは、他にない。読まなければと思って、読んでないものはたくさんある。でも、焦がれるようにして読みたいと思っていたにもかかわらず、読んでいないものなど他にはない。
ゴーゴリの『鼻』をショスタコーヴィチは、オペラにしている。
ショスタコーヴィチに魅かれていくうちに、スターリン時代の芸術家、ロシア・アヴァンギャルト、そして19世紀ロシアのものとさかのぼっていくなかで、ついにゴーゴリに出会うことができた。
新訳がではじめていることも拍車をかけた。
ゴーゴリは笑いの人といわれるが、そうは思えない。舞台作品『検察官』の影響かもしれない。舞台作品の場合、より直接的な検閲にさらされ、そしてエンターティメントとして大衆に支持されもしなければならないことから、より笑いの要素は強くなる。
だが、それはアイロニーの笑いだ。それは、小説では残酷なまでの冷たさで展開される。このアイロニーが、ショスタコーヴィチまで受け継がれている。(ショスタコーヴィチと同時代人のブルガーコフの小説には、それはより顕著にあらわれている)
このアイロニーをふくんだ世界へのまなざしこそ、現在の日本にもっとも欠けているものかもしれない。
そして、世界へのまなざしの正確さと、そこから生まれる異常な想像力。ある意味では、分裂病患者のまなざしである。
実際、彼は精神的な疾患をもち、悲惨な最期を遂げたという。
ゴーゴリは、作家生活の最初と最後に、自らの原稿を焼いている。
この異常な行動に、僕は興味をひかれてならない。
ルオーという画家も、自らの作品を大量に焼いている。
この極限の行動へかりたてる源泉を知りたい。
しばらく、ゴーゴリを読みつづける生活になりそうだ。

手元にあるゴーゴリの著作は、下記のとおり。
* 『検察官』船木裕訳(群像社)2001年
* 『結婚』堀江新二訳(群像社)2005年第二版第1刷
* 『狂人日記』横田瑞穂訳(岩波文庫)2006年第26刷
posted by NIHEI at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学/ロシア・東欧
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