アンユナイテッド・ネイションズ
著者名:瀬尾育生(著)
出版社:思潮社
出版年:2006.08
ISBN :4783721548
詩人の瀬尾育生さんとはじめてお会いしたのは、2年前の祥子歌唱ライブ『悲劇の恋/歌』のときだった。
祥子歌唱ライブ『悲劇の恋/歌』は、詩人の稲川方人さんが企画したもの。倉田比羽子さん、守中高明さん、稲川方人さん、そして瀬尾育生さんの現代詩人4人が書き下ろした詩に、僕が曲をつけ、パフォーマーの祥子が歌った。ピアノ演奏は、清光美郷。音楽を介した現代詩と身体、声の実験だった。
このとき最も作曲に苦労したのが、瀬尾さんの詩だった。一見、瀬尾さんの詩はその形式からいっても、最も作曲しやすそうに見える。だが、そこには幾重にも張りめぐらされた罠が満ちている。おそらく、朗読するのも、そう困難なことではないと思わせる。つまり、瀬尾さんの詩の言語に対して、身体や声が葛藤をもたなくてもよいのではないかという錯覚を起こさせる。これは、身体や声の側から言うと、明らかな罠である。言い換えれば、そこに瀬尾さんの詩の言語の強度がある。別次元への移行を阻止するような強度。逆に言えば、身体や声が実は強烈に問われているのである。故に、身体や声が、この詩の言語との葛藤を通過せずに、ライブや朗読会、パフォーマンスを行なった場合、観客に何も残さず、読んだほうがいいという結果になる。
このライブでは、瀬尾さん作詞のものは2曲つくったのだが、さいわい好評だったようで、ホッとしている。
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瀬尾さんの最新詩集『アンユナイテッド・ネイションズ』は、かなり刺激だった。もはや実験とは、詩集のなかでしか実現できないのかと思うほど、鮮烈だった。それほど、他のジャンルのものは保守化し、別の力で動いている。
この詩集は、あらゆる次元で実験が行なわれている。詩の言語それ自体はもちろんのこと、形式、そしてそこで組み上げられる世界。その世界は、現在の世界と直結している。それは、新たな普遍性をはらんでいる。
現代詩に限らず、あらゆるジャンルの表現が、岐路に立たされている。世界が岐路に立たされつづけているように。そのなかで、この詩集は、新たな指針を示している。少なくとも、ひとつの亀裂を走らせた。
詩の貧困さは、文化それ自体の貧しさを端的にあらわしている、といつも思う。今後、この詩集のような世界と直接対峙する詩が多数、しかも多面的に登場することへの期待を抱かされた。
そして、演劇人の自分もまた、どのように応答するか問われている。
瀬尾育生さんの作品で、手元にあるものは下記の通り。
* 詩集『吹き荒れる網』(弓立社)1981年
* 詩集『らん・らん・らん』(弓立社)1984年
* 詩論集『文字所有者−詩、あるいは言葉の外出』(思潮社)1988年
* 評論集『われわれ自身である寓意−詩は死んだ、詩作せよ』(思潮社)1991年
* 現代詩文庫『瀬尾育生詩集』(思潮社)1993年
* 詩論『あたらしい手の種族』(五柳書院)1996年
* 詩集『モルシェ』(思潮社)1999年

本日、富山にいるが地元の図書館では探してみたものですがなくて残念でした。粉砕王がありましたらスキャンでもして送っていただけないでしょうか。
ありがとうございます。
改めてメールします。
お役に立てるとは思います。