2006年01月30日

『木村直道』図録(埼玉近代美術館)/2006年


『木村直道』図録
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著者名:木村直道
出版社:埼玉近代美術館
出版年:2006

木村直道(1923-1972)
スクラプチャーのアーティスト。
スプラクチャーとは、廃品の「scrap」と彫刻の「sculpture」をあわせた造語である。
つまり、鉄などの廃品を使ってつくる彫刻作品。
言うまでもなく、遊び心満載の作品だ。
だが、木村直道は、1972年49歳の若さで唐突に自らの命を断つ。
2006年初めに開かれた埼玉近代美術館の展覧会に偶然入り、木村直道をはじめて知ったので、その詳細はわからない。
事実はわからないが、「遊びたっぷりの作品」と「自殺」は、相反するようでいて、もしかしたら背中合わせのものかもしれないとも感じる。
それほど木村直道の遊び心は、生真面目さで貫かれている。
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2006年01月28日

『鴨居玲展 心酔・覚醒の画人』図録(西武アート・フォーラム)/1990年


『鴨居玲展 心酔・覚醒の画人』図録
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著者名:鴨居玲
出版社:西武アート・フォーラム
出版年:1965

鴨居玲(1928-1985)
どうしようもなく、そこにありつづける人間の存在。
消しようも、隠しようもない人間の姿。
やりきれない人間の醜態。
だが、鴨居玲はそれこそが人間であると、愛情に満ちたまなざしを異常な集中力で投げかける。
その技法は、ゴヤを髣髴とさせる。
愛してやまない画家のひとりだ。

鴨居玲の画集はなかなか手に入らない。
昨年、大きな作品集が出たが、あまりに高額である。
カタログも見当らない。このカタログも偶然発見した。印刷もよく、メッケものだった。
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2006年01月26日

『ランボオ全作品集』粟津則雄訳(思潮社)/1965年


ランボオ全作品集
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著者名:ランボオ
出版社:思潮社
出版年:1965

アルチュール・ランボオ、二十歳そこそこで詩を放棄し、砂漠の商人になった男。
日本での人気は高い。多くの人が翻訳している。最初に日本でまとまった翻訳を出したのは、中原中也だった。取りつかれたように歩くところなど、二人は似ているところがある。そのせいか、中也はランボオに対してはシンパシーと反発を同時にもっていたようだ。
ランボオは渇いている。いつでもランボオは渇いている。
ランボオが詩を放棄した理由はいろいろ言われているが、僕はそれは詩をはじめた理由と同じではないかと思っている。
渇いているがゆえに詩を書くはじめ、渇いているがゆえに詩を放棄したと。
個人的に僕はアポロン的なものはあまり好きではない。単純すぎるように感じてしまう。ランボオの渇きも、単純なものとして感じてしまう。若き日の『地獄の季節』の一瞬のきらめきのように。
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2006年01月21日

『定本 野口雨情 第二巻 詩と民謡U』(未来社)/1986年


定本野口雨情 第2巻 詩と民謡 2
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著者名:野口雨情
出版社:未来社
出版年:1986.01
ISBN :4624929020


この巻は、民謡集『草の花』と未刊詩篇を集めている。
つくづく野口雨情は民謡詩人から出発した人だと思う。
共産主義にも傾斜した頃の自由詩は、何とも拙い。
形式に束縛され、自意識を抑制せざるを得ない状況の詩がやはりいい。風景や土地の人たちを謡ったもの定型詩が野口雨情の本質がよく出ている。それが民謡であり、歌謡であり(第一巻に収められた『枯れすすき』は、戦後、歌謡曲となり、空前の大ヒットを記録し、映画にまでなった)、そして童謡となる。
ただ、残念なのは、戦争に突入していった暗い時代、野口雨情もまた、戦争協力詩とはいわないが、未刊詩篇の中で戦争是認を当たり前のようにとらえている節がある。(民謡の中にはそういった影はない)
次の第三巻は、いよいよ童謡だ。そのあたりがどうなっていたのかも、注意深くよんでゆきたい。

2006年01月17日

『子供の王国 絵本黄金時代展 コドモノクニに集った画家たち』図録(アートプランニングレイ)


『子供の王国 絵本黄金時代展 コドモノクニに集った画家たち』図録
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出版社:アートプランニングレイ
出版年:2003


大正時代は、子供向けの文化が花開いた時代でもあった。
『赤い鳥』と『コドモノクニ』がその先駆けとなり、牽引もしていった。
特に『コドモノクニ』に集った画家たちは、そうそうたる顔ぶれである。
武井武雄、深沢省三、初山滋、岡本帰一、川上四郎、村山知義、清水良雄、竹久夢二、恩地孝四郎、古賀春江、etc.
執筆人もまた、北原白秋、野口雨情、西条八十をはじめとしてそうそうたるメンバーだ。
おそらくロシア・アヴァンギャルドの影響を色濃く受けている。別項に書いたあの『幻のロシア絵本』だ。
そして、非常に興味深いのは、教育としての役割を果たそうとしていたこと。それは、母親に子どもに対して「こうしろ、ああしろ」というのではなく、よい教育者とは「聞ける者」とし、『コドモノクニ』を通してぜひ子どもたちの声を聞いて上げてほしいというものだった。
童謡詩人をはじめとする様々な詩人、童話作家、童画家を含む画家、作曲家、振付家など、ジャンルを越えて子どもたちのための仕事にのめりこんでいった。意外な人が集り、交流をしている姿は、新鮮な驚きだ。
蛸壺のようにそれぞれのジャンルが閉じてしまった現在の状況からすると、何ともうらやましい。
それぞれの仕事を見ているだけで、無意識に頬笑んでしまう。そんな作品をつくっていけたらと、切に思う。

ただ、時代はやがて暗い1930年代に入ってゆく。
世界が最も幸福だった1920年代とは裏腹に、この時代から子どもたち相手の仕事をしている人たちでさえ、戦争協力の仕事をしてゆき、『コドモノクニ』もやがて形を変え、姿を消してゆく。
いたいけな子どもが銃剣を抱えている姿など、いまでも胸が痛む。
ただ、世界はまだそうさせられている子どもたちで溢れているのだが。
  *
この展覧会は、「古河歴史博物館・古河文学館」「多摩美術大学美術館」「盛岡市民文化ホール・展示ホール」で開催された。
古河市は、茨城県にあるのだが、詩人の野口雨情をはじめ、子どものための仕事をした多くの表現者を輩出している。そのなかには、こういった運動を影で支えた編集者もいる。

2006年01月14日

風媒社ブックレット『平壌からの告発』伊藤孝司(風媒社)/2001年


平壌からの告発



著者名:伊藤孝司
出版社:風媒社
出版年:2001.07
ISBN :4833154102


フォト・ジャーナリスト伊藤孝司さんによる、元日本軍従軍慰安婦の人たちを追った衝撃の証言集である。
歴史の論理の中で消されてしまうひとりひとりの犠牲者の証言。おそらくフォト・ジャーナリズムの世界において、そこにスポットライトをあてることは今最も重要な作業に違いない。それは、膨大な時間と労力を要するにもかかわらず、マスコミから倦厭されるような仕事だ。だからこそ、それは重要な仕事であり、貴重な作品となる。
  *
「一日たつと彼女は死にかかっていたが、「言いなりになるくらいなら死んだほうがましだ」と言った。それを聞いた兵隊たちは彼女をなぶり殺しにし、首・腕・足・胴とバラバラに切断したのである」
「そして、妊娠三ヵ月の時、子宮ごと胎児を取り出す手術を工場内の病院で受けさせられたのである」
「兵隊たちは殺した女性の頭を釜で煮始めた。そして鄭さんたちを木刀で叩いて、無理やりその汁を飲ませたのである」
  *
これはほんの一部である。証言者たちに深く刻まれ、いまだ消えることのない身体への、そして心への傷。
これらの証言を疑うのは勝手だ。だが、なぜ疑おうとするのか。疑って何を守ろうとしているのか。
身体に刻みこまれた忌まわしい傷の記憶。その前で、その行為を肯定するどんな理屈が見つかるのだろう。
異常な戦時下では仕方ないという理由は通用しない。なぜなら、これらの行為は、逼迫した戦争の最前線のことでのことではないのだから。
でも、僕たちは戦争の異常な状況のなかでは、人間は何をするかわからないことをもう知っている。知っているのだったら、繰り返してはならない。繰り返すのは、やはり知らないからだ。本当に知ろうとしていないからだ。
仕方がないという答えは、未来もまた仕方がないことが起こることを是認してしまうことになる。それは、学ばないということだ。
でも、僕たちはどこかで殺す側で想像していないだろうか。殺してしまっても仕方ない状況になったらやはり殺してしまうだろうと。
逆を想像してみよう。相手が殺しても仕方ない状況にあったとき、自分もまた殺されても仕方ないと、想像できるだろうか。
殺す側の想像力だけしかもたない者に、学ぶ能力はない。
  *
手元にある伊藤孝司さんの従軍慰安婦関係の書籍は下記の通り。
*『証言 従軍慰安婦 女子勤労挺身隊 強制連行された朝鮮人女性たち』(風媒社)1992年
*『破られた沈黙 アジアの「従軍慰安婦」たち』(風媒社)1993年
*風媒社『続平壌からの告発』(風媒社)2002年

2006年01月13日

『ヴェルレーヌ詩集』堀口大學訳(新潮文庫)/1997年


ヴェルレーヌ詩集



著者名:ヴェルレーヌ
出版社:新潮社
出版年:2006.01
ISBN :4102171010


デカダンの詩人であり、フランス象徴主義の代表的詩人でもあるヴェルレーヌ。
音楽的な手法を駆使した。
上田敏訳の「秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの……」で日本でもよく知られている。
アルチュール・ランボーとの同性愛事件も有名。
終生、飲酒、放蕩に悩まされる。
個人的には、あまり好きな詩人ではない。
訳詩は本当に難しいと痛感する。
あるパフォーマーの仕事でカナダのモントリオールに行ったとき、先にあげた「秋の日」を原文で読もうということになった。韻が美しい。やはり、詩の翻訳は不可能だ。
亡命ロシア人監督アンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』でも、冒頭「詩を訳すのは不可能だ」というくだりがあったと記憶する。
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2006年01月10日

『定本 野口雨情 第一巻 詩と民謡T』(未来社)/1985年


定本野口雨情 第1巻 詩と民謡 1
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著者名:野口雨情
出版社:未来社
出版年:1985.11
ISBN :4624929012


民謡詩人から出発した童謡詩人である野口雨情。
『十五夜お月』『七つの子』『青い目の人形』『赤い靴』『シャボン玉』などで知られる。
この巻は、初期の民謡を中心に編纂されている。
久しぶりに7・5調の詩をつづけて読む。自意識の吐露が目立つ現代詩にひたっていると、とても新鮮な印象を受ける。
ただ、日本人にとってこの7・5調というリズムは、ある種危険なものを孕んでいる。身体のリズム。これは、ファシズムへ向かう可能性がある。気をつけなければならない。もちろん、野口雨情がそうであるというのではない。例えば、宮沢賢治の「雨にも負けず……」が前大戦下のファシズムに利用されたことを思い出す。

この中に、一風変わった詩がある。
「広いこの世は
 三千世界
 親のない子は
 皆おいで」 (「三千世界」)
気になる。

2006年01月07日

『幻のロシア絵本 1920-30年代』芦屋市立美術館/東京都庭園美術館(淡交社)/2004年


幻のロシア絵本 1920-30年代
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著者名:芦屋市立美術博物館/東京都庭園美術館
出版社:淡交社
出版年:2004.03

20世紀初頭、世界で同時多発的に生まれた様々な芸術運動。
タダ・シュレアリズム、ロシア・アヴァンギャルト、未来派、表現主義等々。
僕は何といっても、ロシア・アヴァンギャルドが一番好きだ。
演劇、美術、建築、文学、どれをとっても興奮させられる。
そして、このロシアの絵本。
マヤコフスキーらが物語を書き、あのタトリンでさえ絵を描いている。特にウラジーミル・レーベジェフの絵は、素晴らしい。ダニイル・ハルムスの話は面白い。
ここで紹介されているロシア・アヴァンギャルド時代の絵本は、日本の前衛画家吉原治良のコレクションを中心としている。多彩で、子どもばかりでなく、大人も十分楽しめる。そして、その後の絵本の世界はもとより、日本のデザイン界にも大きな影響を及ぼした。
だが、1932年に全ソ連共産党中央委員会で「文学・芸術団体の改組についての決議」が採択され、本格的にスターリンの思想統制がはじまると、すぐれた芸術家は闇に葬られることになってゆき、この絵本の世界も衰退してゆく。これは、日本でも状況は同じであった。

余談ではあるが、僕が最も敬愛する演出家メイエルホリドも、粛清されたひとりである。

『中原中也全集4 日記・書簡』(角川書店)/1974年


中原中也全集 第4巻 日記・書簡
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著者名:中原中也
出版社:角川書店
出版年:1968.02
ISBN :4045717048


中原中也が今なお生きつづけているのは、彼の詩が「うた」だからだろう。
中也は、「逸脱」と「禁止」のギリギリの境界線上でそれを行なった。つまり、どちらかに流れてしまうのを詩作の時間にだけは、強引にバランスをとろうとした。そうしなければ、「うた」は生まれないと中也自身思っていた。奔放、あるいは奇矯なふるまいによって、そのイメージが強い中也ではあるが、「うた」に対しての意志は強い。
同時代の詩人仲間たちは、実際の中也の行動に迷惑をこうむっていたために、それを正当に評価できなかったが、あまり交流のなかった萩原朔太郎や室生犀星などは、中也の「技術」「技巧性」を高く評価していた。
極度の「逸脱」と極度の「禁止」、これは中也の日常でも起こっていた。息子文也の死など、それをうながす事柄も多く起こっていた。それが、この日記と書簡からうかがわれる。
あまり「作品」と「日常生活」を結びつけたくはないが、日常の行為ではなく、詩作の根源を知るうえでは、この『日記・書簡』は貴重なものである。

余談ではあるが、作家安部公房が没したとき、日記が残されていたという。それを夫人が焼き捨てた。そして、夫人もまた後を追って死を選んだ。あまり事情も知らず、迂闊にものは言えないが、何とも残念だ。安部公房自身、死後発表されることをどう思っていたのだろうか。個人的に思うのは、筆をとって仕事をしていた者にとって日記といえどもどこか発表を前提としている。
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2006年01月05日

『河鍋暁斎戯画集』山口静一 及川茂編(岩波文庫)/1988年


河鍋暁斎戯画集



著者名:河鍋暁斎
出版社:岩波書店
出版年:1988.08
ISBN :4003356012


幕末から明治にかけて活躍した反骨の絵師、河鍋暁斎。
僕の大好きな絵師のひとりだ。
とにかく抜群にうまい。と同時に、日本人にはめずらしくアイロニーに満ちている。この書は、戯画を中心におさめているが、いま見ても思わず笑ってしまうものも多い。地獄界の文明開化には吹きだしてしまう。
暁斎の仕事は多面的だ。多くの挿絵も書き、明治最初の「イソップ物語」でも、挿絵を担当している。
多くの教本としての絵本も書いている。そのうちの一冊『暁斎画譜』のなかの、盲目の子どもたちが生きる厳しさを描いた一枚がある。息をのむ一枚だ。
官憲に逮捕されるということもあったが、多くの弟子をもっていた。そのなかには、外国人もいた。ヨーロッパ人にとっても、暁斎の技術とアイロニーは脅威だったのだ。暁斎の画は、多く海外に流出している。これほど下絵が残っている絵師もめずらしいというが、その多くは海外の美術館が収蔵している。
肉筆画も素晴らしい。
河鍋暁斎、いい感じで狂っている!

このブログをHP(http://www.geocities.jp/ot_nao/)にのせているオータ・ナオさんは、大の妖怪好きと聞いている。
そういう人にもいち押しの本である。
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『ぼくは12歳』岡真史(ちくま文庫)/1995年


ぼくは12歳
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著者名:岡真史
出版社:ちくま文庫
出版年:1995


2005年春、僕はアコーディオンの曲ばかり聞いていた。
ある日、ラジオからアコーディオニストの御喜美江さんのコンサートの情報が流れる。ゲストは、現代音楽家の高橋悠治氏という。さっそく予約し、聞きに行った。素晴らしかった。
これを機会に、高橋悠治氏のCDを聞く。そのなかに『ぼくは12歳』(詩:岡真史/音楽:高橋悠冶/唄:中山千夏)があった。
不思議なアルバムだった。なぜか何度も何度も聞いてしまう。
岡真史は、作家の高史明氏の息子であり、12歳で投身自殺している。
彼の生前の書きためていた詩が『ぼくは12歳』としてまとめられていた。
その詩に高橋悠冶氏が曲をつけたのだ。

後日、また偶然にもこの本『ぼくは12歳』を手に入れる。
これは、生前の詩の他に作文を掲載し、あわせて両親と読者の往復書簡を併収している。
なんとも辛い本だ。いつまでも消えることのない両親にとっての「なぜ?」 にもかかわらず、読者への呼びかけには敬服してしまう。

この本を読んでいる間に、中学時代の友人が自殺したという訃報を受けとる。
岡真史、彼もまた僕の同世代だ。
なぜか同世代のふたりの友人の自殺を同時に受けとったような錯覚に陥った。

「ひとり
 ただくずれさるのを
 まつだけ」

(「ひとり」岡真史)

[追記]2008年3月9日
*『ぼくは12歳』(筑摩書房)1977年21刷
 やはり、詩集は文庫ではなく、大型の本で読みたい。
 読み直してみて、また印象が変わった。
 だが、残念ながらこの本は絶版となっている。
*『ぼくは12歳』(角川文庫)1982年
 この版で興味深いのは、アルバムが入っていることである。
 もともと『ぼくは12歳』は、両親である高史明、岡百合子夫妻が、香典返しのようにして、自費出版したものが最初である。
 その版に含まれているアルバムがこの角川文庫版に収められている。
 着ているもの、髪型など、同世代の者としては、懐かしくも、胸がしめつけられる。
posted by NIHEI at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌/アジア
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