2005年12月28日

『原爆詩集』峠三吉(青木文庫)/1964年


原爆詩集
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著者名:峠三吉
出版社:青木文庫
出版年:1964

「にんげんをかえせ」と訴えかける序からはじまるこの詩集は、原爆を語る上で欠かせない一冊である。

だが、考えてしまう。
当事者とそうでない者との違い。
それは、簡単に言ってしまえば、「直接性」と「普遍性」の問題。
当事者の証言は重要だが、表現の世界で優れたものは少ないと感じている。そこに記憶のリレーのあり方の難しさがある。単一性に流れてしまうと、表現する必要さえなくなってしまう。そこにU世以降の遅れてきた者たちの役割があるとも思っている。
例えば、原爆体験者であり、医師でもある御庄博実の『御庄博実詩集』(思潮社/現代詩文庫 2003年)にも同じことを感じる。
あるいは、張貞任の『歴史詩集従軍慰安婦 あなた朝鮮の十字架よ』(影書房 1992年)にも、強烈に感じる。啓蒙することを考えているのかもしれないが、この詩集を読むよりも実際の証言集を読むべきだと。
やはり、「直接性」と「普遍性」の問題か。もちろん、すぐれた作品ほど、このふたつをきれいに区分けすることはできないが。(例えば、パレスチナの作家、ガッサーン・カナファーニの諸作品を僕は思い浮かべる)

いずれにしても、これもまたまとまった形で考察しなければならない事柄だ。
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2005年12月26日

『ヒロシマの嘘』福島菊次郎(現代人文社)/2003年


写らなかった戦後 ヒロシマの嘘



著者名:福島菊次郎
出版社:現代人文社
出版年:2003.07
ISBN :4877981667


現在、福島菊次郎氏の著作で簡単に手に入れることができるのは、この『ヒロシマの嘘』と『菊次郎の海』(現代人文社)の2冊だけだ。

手元にある福島氏の他の著作は下記の通り。
*『原爆と人間の記録』(社会評論社) 1978年
*『戦場からの報告 三里塚1967〜1977』(社会評論社) 1977年
*『日本の戦後を考える 公害日本列島』(三一書房) 1980年
*『戦争がはじまる 福島菊次郎全仕事集』(社会評論社) 1987年
*『瀬戸内離島物語』(社会評論社) 1989年

どれもヘヴィな作品ばかりだ。それだけ、強く事実の深淵に迫っているということだ。どれも貴重な仕事だ。多くの人たちが知らなければならない事実をどれも伝えている。僕も多くの示唆と刺激を受け、興奮した。

「報道とは個人の視点を伝える営為で、国家の暴力や不正を監視、告発するのがジャーナリストの使命である」(『ヒロシマの嘘』)

ただ、気になる。引っかかる。それは、『原爆と人間の記録』を開いたときに感じた。
恐ろしかった。恐ろしい写真を撮る人だと思った。被写体の現実が恐ろしいのではない。撮り手が恐ろしいのだ。福島氏が恐ろしいのだ。
いずれこの問題は書かなければならない。もしかしたら、多かれ少なかれフリーのフォトジャーナリストが抱える危険をはらんだ問題かもしれない。

『ドキュメント写真は、人間の尊厳をいかに表現するかという行為であると同時に、レンズがいかにプライバシーを侵害するかという、二律背反によってのみ成立する両刃の剣である。その宿命的な矛盾に翻弄されながら僕はシャッターを押し続け、ドキュメント写真が歴史の証言者であろうとするとき、いかなる被写体にも正面から立ち向かうことができることを教えられた』(『ヒロシマの嘘』)

危うい。ここから隠されてしまうものがある。隠され、故に問題とされず、肯定されてしまうものがある。それは、フォト・ジャナーリズムから離れた福島氏自身のなかにある。と、僕は漠然と感じる。それ故、恐ろしいと。
「人間の尊厳」。被写体だけでなく、撮る者自身の「人間の尊厳」。人は関係性のなかで生きる。自己の決定は、他者があってはじめてなされる。人の関係性は、鏡の関係になってはならない。と、僕は思う。そんなことを僕は思う。
いずれにしても、じっくり考えなければならない問題だ。

『「歴程」創刊同人展』図録(いわき市立草野心平記念文学館)/2003年


『「歴程」創刊同人展』図録
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出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:2003

錚々たるメンバーである。
宮沢賢治も物故同人として名をつらねている。
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2005年12月24日

『武井武雄 童画の世界』図録(いわき市立草野心平記念文学館)/2002年


『武井武雄 童画の世界』図録
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出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:2002.07

武井武雄は最も好きな童画家だ。
武井は、美術の世界で一段低く見られていた子供向けの挿絵を、正当に評価させるために活動した。「童画」という言葉をつくったのも武井だった。子ども相手の仕事は命がけでやらなければならないと言っていたという。
草野心平と仕事をしていたことは知らなかった。
心平の童話に武井が画を寄せた。
だが、このふたりも会うことはなかった。
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『中原中也 中也と心平の青春交友』図録(いわき市立草野心平記念文学館)/2001年


『中原中也 中也と心平の青春交友』図録
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出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:2001

中原中也は、草野心平の主宰する「歴程」の同人であった。
何かと問題の多かった中也を、心平は高く評価し、フォローしていた。心平は、中也の朗読に注目していた。
久しぶりに中也を読みたくなった。
中也は定期的に読み返したくなる数少ない詩人だ。それは、彼の詩が、「うた」だから。
個人的には、息子文也の死後の中也に興味をひかれる。
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2005年12月23日

『野口雨情 童心の詩人』図録(いわき市立草野心平記念文学館)/2000年


『野口雨情 童心の詩人』図録
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出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:2000.07

民謡詩人から出発した童謡詩人。
『十五夜お月』『七つの子』『青い目の人形』『赤い靴』『シャボン玉』などは、だれしもが一度は歌ったことがあるだろう。
永遠の童心といわれた野口雨情ではあるが、22歳で結婚し、翌年一子をもうけたにもかかわらず、忽然と姿を消す。家出だ。
その後、雨情は北へ北へと向かい、遂には樺太まで行ってしまう。
がぜん興味がわく。
ゆっくり調べてみたい。
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2005年12月22日

『宮沢賢治 賢治と心平』開館一周年記念 特別企画展 図録(いわき市立草野心平記念文学館)


『宮沢賢治 賢治と心平』開館一周年記念 特別企画展 図録
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出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:1999.07

辻潤と並んで早い時期に宮沢賢治の第一詩集『春と修羅』に注目し、紹介したのが草野心平だった。
だから、心平のまわりでは早くから賢治のことは知られていた。中原中也の日記のなかにも、賢治の名前は何度か出てくる。
その後、賢治は心平の出す同人誌の同人になってゆくのだが、ふたりが実際に会うことはなかった。尊敬しあったふたりにもかかわらず、結局ふたりの巨人が顔を合わすことはなかった。何とも人の縁は不可思議なものである。
一度だけ心平は賢治の経営する牧場で雇ってもらおうと向かった。だが、心平は乗る列車を間違えてしまい、結局花巻に行くことはなかった。このとき心平が頭に描いていた牧場は、アメリカ式の大牧場。だが、実際は猫の額ほどの「羅須地人協会」だった。

この図録は、開館一周年記念特別企画展だけあって、頁数もビジュアルも充実している。
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『草野天平 −ひとつの道−』企画展図録(いわき市立草野心平記念文学館)/1998年


『草野天平 −ひとつの道−』企画展図録
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著者名:草野天平
出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:1998

草野天平は、心平の次兄にあたる。
37歳で第一詩集『ひとつの道』を上梓。42歳で没しているので、詩人としての時間も短く、作品も少ない。
詩それ自体は、やはりこれからだったという感を否めない。
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2005年12月19日

『草野心平 常設展示図録』(いわき市立草野心平記念文学館)/1998年


草野心平 常設展示図録
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著者名:草野心平
出版社:いわき市立草野心平記念文学館
出版年:1998

いわき市立草野心平記念文学館が設立されたのは、1998年。
草野心平。カエルの詩人とも称される、日本の詩人としては珍しくスケールの大きい、大陸的な匂いのする骨太の詩人。日本の近代詩を語る上で欠かせない人物。新しい才能を発掘する才能もあり、宮沢賢治をいち早く発見紹介したのも草野心平だった。

僕はことばパフォーマーのはせみつこさんの舞台の演出で、2003年より毎年この記念館を訪れている。その度に、ここで開かれた企画展の図録を少しづつ購入してくる。それがひとつの楽しみにもなっている。
この図録は、開館時に発行されたもの。
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2005年12月18日

『炎の人−ゴッホ小伝−』三好十郎(東京白川書院) /1981年


炎の人−ゴッホ小伝−
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著者名:三好十郎
出版社:東京白川書院
出版年:1981.08

役者にとって、ライフワークとなるような戯曲との出会いは無上の喜びらしい。
そんなことも意識したので、滝沢修演じるゴッホは観ていないのだが、戯曲だけでもと思い、読んでみた。
退屈きわまりない。
以前、哲学者の鵜飼哲さんと話したとき、彼が新劇のことを「まったく見込みのない芸術形態」と言っていたことを思い出す。
この古めかしい形式。時代に関係なく、形式まで実験されていないものに、未来まで生きる生命力はない。形式の普遍性など存在しない。
ただ、幕切れはいい。なぜここから始めて、まったく新しい形式を生もうとしなかったのか。
一時期、吉本隆明がずいぶん持ち上げていたので期待したが、まったくの期待はずれだった。
困ったことに、使われるだけの役者という考えることをしない種族(もちろんそうでない役者も少しはいるが)は、権威あるものにはまったく抵抗力がないので、こういうものでもありがたがってしまう。若い役者がそうだから、ほんとうに困ったものだ。演劇はたえず権威に対しての抵抗でなければならないにもかかわらず。頭が悪すぎる。
中原中也も言っています。「頭が悪い者に、愛を理解できるとは信じられない」と。

『ヒロシマ・ナガサキ 韓国の被爆者たち 山本将文写真報告』山本将文(東方出版)/1987年


ヒロシマ・ナガサキ 韓国の被爆者たち 山本将文写真報告
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著者名:山本将文
出版社:東方出版
出版年:1987.08

様々なフォト・ジャーナリストがいる。
第二次世界大戦下のアジアに対する日本軍の犯罪を追っている者も多い。本書のように韓国の被爆者を追ったものも多数出版されている。
にもかかわらず、広く日本人の間に浸透していないのはなぜか?
恥じ入るばかりだ。

2005年12月16日

『パブリック・プロジェクション、ヒロシマ 1999年8月 報告書』(広島市現代美術館)/1999年


『パブリック・プロジェクション、ヒロシマ 1999年8月 報告書』
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出版社:広島市現代美術館
出版年:2000

ポーランドの現代美術家クシュシトフ・ウディチコの1999年に行なわれた広島でのパブリック・プロジェクションの報告書。
原爆ドームをライトアップし、元安河岸壁にウディチコ自身が集めた被爆者たちの手が投射され、大型スピーカー4台+小型スピーカー4台からその被爆者たちの証言が流れる。
あたかも原爆ドーム自身が、原爆の証言をしているかのよう。

見てみたかった。
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『第4回ヒロシマ賞受賞記念 クシュシトフ・ウディチコ展』図録(広島市現代美術館)/1999年


『第4回ヒロシマ賞受賞記念 クシュシトフ・ウディチコ展』図録
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出版社:広島市現代美術館
出版年:1999

ポーランドの現代美術家クシュシトフ・ウディチコが1999年にヒロシマ賞を受賞した際に出版された図録。
ウディチコの近年の仕事は、記念的モニュメントに人の腕や手を映写し、そして声を流し、あたかもそのモニュメントが話しているかのように見せる作品。
その声は、そのモニュメントに隠れてしまっている証言の声。それは、ウディチコ自身が取材し、録音する。
映し出される腕や手の映像は、その証言者のもの。
モニュメントの裏側には、必ず消されていった者たちの声がある。モニュメント建立の裏に、抹消された歴史がある。
ウディチコは、そのシンプル且つユーモアに満ちた手法で、その消された歴史の声を掘り起こし、消した者たちを告発する。

「私は写真家であり、工業デザイナーであり、メディア・アーティストであり、評論家であり、歴史学者、哲学者、政治家であり、そしてそのどれでもない」 クシュシトフ・ウディチコ

クシュシトフ・ウディチコ、近年知ったアーティストのなかでも出色の人物である。
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2005年12月15日

『原爆の絵 ヒロシマの記憶』(NHK広島放送局編) /2003年


原爆の絵



著者名:NHK広島放送局
出版社:日本放送出版協会
出版年:2003.01
ISBN :4140807520


ジャーナリズムの写真とは明らかに違う衝撃。これは、どこに由来するのだろう。
それは、「記憶」
ひとりひとりの「記憶」
「現実」の一瞬を剥ぎとるのではなく、個人の身体を通過した現実の「記憶」
これをはっきりさせてくれるのが、『原爆の絵〜ヒロシマの記憶』(NHK広島放送局編)である。
被爆57年の年に、NHK広島放送局が、広島市民にあの日の広島を描いた絵を募集した。1000枚以上の絵が寄せられた。
57年がたっても生々しく生きつづける記憶。
一般市民が描いた消えることのない強烈な記憶。
絵は、見る者たちにとっても、写真を見るときの衝撃とは別の「記憶」という回路から身体に侵入してくる。
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『写真記録 原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言』伊藤孝史(ほるぷ出版)/1987年


写真記録 原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言
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著者名:伊藤孝司
出版社:ほるぷ出版
出版年:1987.10

著者は、1952年生まれの戦後世代である。
にもかかわらず、伊藤さんの仕事は、第二次世界大戦における日本の東アジアに対して行なった犯罪へ執拗に向けられる。
いったい何が彼を駆り立てているのだろうか?
それは、わからない。わからないが、彼の執念のように追いつづける仕事は、貴重だ。
この『原爆棄民』も、貴重で、衝撃的な証言の連続だ。
特に、妊娠したまま被爆し、一週間後に流産してしまった人の証言は、全身の力が抜けてゆく。その赤ちゃんは紫色だったという。

差別と戦争の亡霊たちが支配するこの国にあっては、真のジャーナリズムは成立しにくい。
良心あるジャーナリストの仕事は、僕たちにとってこのうえなく貴重だ。
それは何より未来にとって重要な仕事だ。

2005年12月13日

『丸木位里展』図録 広島県現代美術館(原爆の図丸木美術館)  /1992年


丸木位里展
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著者名:丸木位里〔画〕
出版社:広島県現代美術館
出版年:1992

「原爆の図」以外の丸木位里さんの水墨画を集めた展覧会の図録。
位里さんの水墨画の足跡を追うことで、「原爆の図」を読み解くヒントにもなる。それは、位里さんの態度もまた顕示している。
それは、共同作業とは何かという重要な問題を解く鍵へとつながる。

僕は個人的に牛の画が好きだ。
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『丸木位里のことば』財団法人原爆の図丸木美術館 編 /2001年


丸木位里のことば
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著者名:財団法人原爆の図丸木美術館 編
出版社:丸木美術館

たくさん残された丸木位里の言葉を集めたもの。
いつでも広島弁のまましゃべっていた位里さんの人柄が伝わってくる。
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2005年12月12日

『IWANAMI GRAPHICS 26 鎮魂の道 原爆・水俣・沖縄』 丸木位里/丸木俊/水上勉(岩波書店)


IWANAMI GRAPHICS 26 鎮魂の道 原爆・水俣・沖縄
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著者名:丸木位里, 丸木 俊著, 水上勉解説
出版社:岩波書店
出版年:1984.07

丸木位里・俊夫妻の対話を中心に原爆の図、水俣の図、沖縄戦の図などで構成した美しい装丁の本。
それにしても、丸木夫妻の発言はきわめて多い。絵にもまして、貴重な発言に耳を傾けなければならない。


Ohta Naoホームページ : http://www.geocities.jp/ot_nao/
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2005年12月11日

『はだしのゲンはピカドンを忘れない』岩波ブックレットNO.7 中沢啓治(岩波書店)/1982年


はだしのゲンはピカドンを忘れない



著者名:中沢啓治
出版社:岩波書店
出版年:1982.07
ISBN :400004947X


『はだしのゲン』原作者、中沢啓治さんの自伝的エッセイ。
中沢さんの実体験がいかに『はだしのゲン』に反映されているかがよくわかり、『はだしのゲン』をよりリアルに感じられる。
もちろん、中沢さんの平和への意志が直接伝わってくる。
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2005年12月10日

『原爆の図』丸木位里・俊(原爆の図丸木美術館)/1996年


原爆の図 改訂新版
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著者名:丸木位里
出版社:原爆の図丸木美術館
出版年:1988.08
ISBN :4338081015


丸木位里・俊夫妻の共作『原爆の図』は、様々な本になっているが、丸木美術館が発行している図録が現在最も手軽に入手できる最良のものだろう。
はじめて丸木美術館を訪ねたときの衝撃は忘れられない。
ジャーナリズムの写真とは明らかに違う衝撃。これは、どこに由来するのだろう。
それは、「記憶」
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2005年12月09日

『はだしのゲン』全7巻 中沢啓治(中公文庫) /2004年


はだしのゲン 1



著者名:中沢啓治
出版社:中央公論新社
出版年:1998.05
ISBN :4122031567


実は、『はだしのゲン』は読んだことがなかった。
たいていの人が、子どもの頃、学校で読んだとか、必ず体験がある。
でも、僕にはそういった記憶がまったくない。これに限らず、僕の幼少期の記憶はすべて別次元の世界、まるで物質的な夢の世界に住んでいたようなのだが。
2005年8月6日に広島にいたこともあり、この機会に読んでみた。
作者中沢啓治氏の強烈な意志に圧倒される。
原爆の被害の実態は勿論のこと、被爆者への差別の問題、強制連行された朝鮮の人たちの問題、天皇の戦争責任、広島市の行政差別、アメリカの核開発への批判、ひいては女性の戦争責任まで言及している。
それを、成長していくゲンというひとりの少年の眼差しを通して描くことの誠実さに驚かされるのだが、やはり僕はひとりの漫画家中沢啓治の意志の強さに圧倒される。


Ohta Naoホームページ : http://www.geocities.jp/ot_nao/
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『HIROSHIMA 半世紀の肖像』大石芳野(角川書店)


HIROSHIMA半世紀の肖像
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著者名:大石芳野
出版社:角川書店
出版年:1995.02
ISBN :4048511084


大石芳野さんの写真の強さは、どこから来るのだろうか。
インタビューもいい。特に女性に対するものが。
誤解を畏れずにいえば、女性の普遍的な眼差しだろうか。

この『HIROSHIMA 半世紀の肖像』(角川書店)は、原爆投下の日から遅れて来た者たち、そして広島から遠くはなれた場所に住む者たち、つまり当事者でない者たちの広島の記憶のリレーについてのひとつの方法を提示している。
同じ試みに、江成常夫氏の『ヒロシマ万象』(新潮社)がある。
僕個人は、大石さんの仕事に激しく揺さぶられる。
大石さんのフィールドワークの広さ、深さに敬服する。


Ohta Naoホームページ : http://www.geocities.jp/ot_nao/

2005年12月08日

『ふたりの画家〜丸木位里・俊の世界 本橋成一写真録』


ふたりの画家−丸木位里・丸木俊の世界



著者名:本橋成一
出版社:ポレポレタイムス社
出版年:2005.04
ISBN :4900918741


本橋成一さんの写真にはじめて触れたのは、もう20年以上も前になる。僕が演劇をはじめたばかりの頃。
たまたま書店で手に取った『サーカスの時間』という写真集。
次は、それから10年以上たった頃、銀座を歩いていたら、たまたま土門拳賞の展覧会が開かれていた。本橋さんの『ナージャの村』
この本橋さんの『ふたりの画家〜丸木位里・俊の世界』(オフィスエム)を開くと、何かはじめて見たという感じがしない。何度も親しんだ印象がある。その他の本橋さんの写真集も、どこかそんな感じをさせる。
ジャン・ユンカーマン監督の丸木夫妻を撮ったドキュメンタリー映画『劫火』も、同じような暖かさがある。
本橋さんとジャンは、一緒に仕事をしていた。かつて一緒に暮らしていたこともあるという。人に対するまなざしの暖かさ、それがふたりをひきよせたのかもしれない。
そして、この本は、写真もさることながら、生前の丸木夫妻の対話が抜群に面白い。

全く別の写真シリーズ、上野英信、趙根在監修の『写真万葉録・筑豊』のなかに本橋さんの写真を見つけて驚いた。後で知ったのだが、本橋さんの学生時代の仕事であった。
それらの作品は、後に『炭鉱<ヤマ> 本橋成一写真集』としてまとめられる。

追加−1

*本橋成一写真集『炭鉱ヤマ』(現代書館)/1992年
*本橋成一写真集『サーカスの時間』(筑摩書房)/1980年
*本橋成一写真集『魚河岸 ひとの町』(晶文社)/1988年
*『砂の旅人』文・立松和平/写真・本橋成一(駸々堂)/1993年
*本橋成一写真録『サーカスの詩 ベンポスタの子どもたち』(影書房)/1993年
*『ナージャの村』(平凡社)/1998年
*本橋成一写真集『サーカスが来る日』(現代書館)/2000年
*『アレクセイと泉』(小学館)/2002年
*『イラクの小さな橋を渡って』文・池澤夏樹/写真・本橋成一(光文社)2003年
*『アレクセイと泉のはなし』(アリス館)/2005年

『生きているヒロシマ』土門拳(築地書館)


生きているヒロシマ
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著者名:土門拳
出版社:築地書館
出版年:1978.01
ISBN :4806756016


圧倒的な写真集である。
特に、盲目の姉妹の写真は、胸を突かれる。
あらゆる演出を排除したリアリズムを提唱した土門拳の傑作だろう。
(福島菊次郎もその思想に惹かれ、東京へ出ることを決意した)

ただ、気になることがある。
実は、僕はあまり土門拳に興味をもったことがない。写真展も行ったことはあるが、どこか居心地の悪さを感じていた。
それは、どこか権威主義的なものを感じたことからくるように思う。
この『生きているヒロシマ』も、写真は素晴らしいのだが、文章に引っかかりを感じる。
土門拳は、被写体になった被爆者の人たちを通じて、広島市の被爆者に対する行政差別を知っていたはずだ。にもかかわらず、完成したばかりの丹下健三設計の平和記念公園を絶賛している。都庁を設計したあの丹下氏である。言葉が上っ面を滑ってゆく印象はぬぐえない。違和感を覚えざるを得ない。

そうはいっても、一見すべき写真集であることに変わりはないのだが。
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