2009年06月23日

道草5

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この「フラスコの宇宙」でも多く取りあげている、ソ連時代を代表する作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチ。
僕の最も好きな作曲家である。
それが高じて、ショスタコーヴィチの交響曲でソロのダンス作品をつくれないかと思い立ち、集団でも困難であろうショスタコーヴィチの交響曲を、ひとりで踊るということに、僕はとりつかれて、既に2年がたった。
小沢恵美子 SOLO DANCE WORK と称して、
2007年『交響曲No.10』
2008年『交響曲No.4』
と、ソロ・ダンス作品をつくってきた。
そして、今年2009年『交響曲No.15』に挑戦する。

スターリン体制下の旧ソ連で、まさに20世紀の闇に引き裂かれながら生きのびたドミトリー・ショスタコーヴィチ。
そして、最後の交響曲『No.15』で、イデオロギーや体制への抵抗という外部からの要請ではなく、はじめて自分の個人的な死と向き合う。
小沢恵美子が挑むショスタコーヴィチ交響曲、最終章「個人的な死」、懇親の問題作です。
ぜひぜひ、多くの方に観ていただきたいと思います。


小沢恵美子 SOLO DANCE WORK #03
ドミトリー・ショスタコーヴィチ『SYMPHONY No15』

企画・出演 小沢恵美子
設計 二瓶龍彦
映像 宇田川伸一

場所:SESSION HOUSE 地下スタジオ
   http://www.session-house.net/

日時:2009年6月26日(金)   19:30
      6月27日(土)15:00/19:00 開場各30分前
   
料金:前売 \2,500 当日 \2,800

▽予約・お問合せ
 PHILIA PROJECT
 tel:090-6517-0809
 mail:philia_project@yahoo.co.jp
 ホームページ
 http://www.cc9.ne.jp/~nihei-1817/
▽小沢恵美子 ホームページ
 http://www012.upp.so-net.ne.jp/emiko/
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2009年06月18日

『芸術と革命U 展』カタログ(西武美術館)/1987年


『芸術と革命U 展』カタログ
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出版社:西武美術館
出版年:1982


『芸術と革命』展にひきつづき、1987年に開催された展覧会の図録。
前回が、美術中心であったのに対して、『芸術と革命U』では、演劇や映画などが中心になっている。
僕の最も愛する演出家のひとりであるメイエルホリドや、エイゼンシュタイン、そして表紙にもなっている詩人のマヤコフスキー等々。
舞台関係の仕事をしている僕にとっては、たまらない一書。
僕の部屋には、このマヤコフスキーの写真を中心においたこの展覧会のポスターが、今も貼られている。
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『芸術と革命 展』カタログ(西武美術館)/1982年


『芸術と革命 展』カタログ
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出版社:西武美術館
出版年:1982


ロシア・アヴァンギャルドの全体像を、はじめて日本に紹介した大規模な展覧会『革命と芸術』展。
82年だからずいぶん遅い印象も受けるが、世界的にもこれがはじめての試みであった。21世紀になった現在でも、その後のスターリン体制下の芸術作品の全貌はいまだつかめていない。
ソ連が、どれだけ自国の作品、そしてドイツをはじめとする戦勝国として手に入れた外国の作品を所有しているのか、見当もつかないという。
後に、この展覧会の関係者の人に話を聞く機会があっが、まだソ連であった当時、美術作品1点借りるだけで大変な労力を要したといっていた。
中原佑介監修の本カタログは、そういう意味でも貴重だ。
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2009年05月25日

『詩を書く なぜ私は詩をつくるのか』谷川俊太郎(思潮社 詩の森文庫)/2006年


詩を書く
著者名:谷川俊太郎(著)
出版社:思潮社
出版年:2006.03
ISBN :9784783717072


つい最近、久しぶりに詩人の谷川俊太郎さんと仕事をした。
そこで、谷川さんの新しい本を読む。
本書は、谷川さんの「なぜ詩を書くのか」というテーマで書かれた過去のエッセイを集めたもの。
言うまでもなく、この国において、谷川俊太郎さんの詩人としての功績は大きい。それは、「ことばあそび」の分野でもっとも大きいと感じる。
それとは対極にある詩群は、世界の核心に触れようとしたとたんにズレてゆき、描こうとした世界自体が消えてゆくと感じてきた。
個人的には、そのことを本書を読むことによって、詩人自身が自覚的であるということがわかった。それを危機感としてとらえているかどうかは、わからないが。
いずれにしても、重要な詩人であることにかわりはない。ただ、世界にとってではなく、この国にとってということだが。
国民的詩人としてとらえてさしつかえないと思う。そういう詩人がいるということは、いうまでもなく、日本人にとって幸福なことである。

手元にある、谷川俊太郎さんの著書は、下記の通り。
* 『谷川俊太郎詩集』思潮社/1979年第11刷
* 『谷川俊太郎詩集 続』思潮社/1979年第2刷
* 『コカコーラレッスン』思潮社/1980年
* 『よしなしうた』青土社/1985年
* 『谷川俊太郎詩集U 朝のかたち』角川文庫/1991年第10刷
* 『谷川俊太郎対談集1』冬芽社/1987年
* 『叢書児童文学第1巻 ことば・詩・子ども』谷川俊太郎責任編集 世界思想社/1982年第2刷
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2009年05月22日

愛蔵版『愛の詩集』室生犀星(日本図書センター)/1999年


愛の詩集
著者名:室生犀星(著)
出版社:日本図書センター
出版年:1999.12
ISBN :9784820518624


萩原朔太郎を読んだので、たしか読んでいない室生犀星の本があったはずだと、探してみたら出てきた。
それが、本書。
日本の近代詩は、萩原朔太郎の住む前橋からはじまったといっても過言ではない。この緑と水が美しい街が、ある時期、なぜ近代詩人をあのようにたくさん輩出したかはわからない。
朔太郎の他にも、山村慕鳥、萩原恭次郎、大手拓二などを生み、草野心平も移り住んだ。
朔太郎の周りには、たくさんの詩人がいた。北原白秋も朔太郎をたずねてくる。
そして、朔太郎ともっとも心を分かちあったのが、室生犀星だった。
今まで名前をあげた詩人はみんな好きなのだが、この室生犀星だけは個人的になじむことができない。むしろ、嫌いだ。
この第一詩集も例外ではない。何の共鳴も、感動もない。挿絵の恩地孝四郎だけがすばらしい。
詩は、人によって好みがはっきり別れるものらしい。特に、僕の好き嫌いははげしいらしい。
僕にとって室生犀星は、けっして好きになることのない詩人だ。
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2009年02月12日

萩原朔太郎「郷土望景詩」『幻想』司修(勉誠出版)/2007年


幻想
著者名:司修(著)
出版社:勉誠出版
出版年:2006.08
ISBN :9784585051572


あまり書店には行かない。行っても、売れると称される本ばかりで、目当てのものはない。
古書店にも行かなくなった。以前は、古書店めぐりは楽しみのひとつだった。でも、今はネットで全国の古書店の在庫を知ることができる。
時代は変わったものである。
そうはいっても、たまには書店に行く。たまたま幻想文学のコーナーの前を通り過ぎたとき、一冊の本が目に飛びこんできた。
それが本書。正確には、司修さんの表紙の画が目に飛びこんできた。
この本は、萩原朔太郎の「郷土望景詩」に司修さんが画をつけたというよりも、司修さんの画に朔太郎の詩をつけたようだ。
朔太郎の景色はよく知っている。若い頃、前橋で過ごしたことがある。
まず詩に興味をもたせてくれたのが、朔太郎だった。今でももっとも好きな詩人のひとりだ。
そこに司修さんの画がくわわることは、何とも贅沢な気持ちになる。
久しぶりに、至福の時間を過ごした。
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2009年02月06日

別冊新評『山頭火の世界〈全特集〉』(新評社)/1978年


『山頭火の世界〈全特集〉』
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出版社:新評社
出版年:1978


中村草田男がらみの仕事があったので、俳句をつづけて読みたいと思い、部屋を探していたら、この雑誌が出てきた。
山頭火のものは、ずいぶん昔に読んだ。一時期、自分でも俳句を書いていたことがある。もちろん、季語のない自由律。俳句とは、宇宙的時間を一瞬にしてわしづかみにする表現だと思っている。宇宙空間をうたった場合、季語ははたして何か役に立つのだろうか。そんなことを考えていた。その出発点には、山頭火がいる。
NHKのドラマで、山頭火役をフランキー堺が熱演したのが印象に残っている。人間としてのダメさかげんと、愛されるキャラクターを好演していた。
山頭火は、大好きな俳人ではあるのだが、残念ながら駄作も多い。俳句の日記性によるところが大きいのだろうか。
久しぶりに山頭火を読み、懐かしい気分になった。

「どうしようもない私が歩いている」山頭火

手元にある山頭火に関する書籍は、下記の通り。
*『山頭火句集(一)〜(四)+アルバム』(春陽堂書店)1994年 15刷
* 『山頭火日記(一)』(春陽堂書店)1988年 2刷
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2008年10月30日

『鉄人28号』原作完全版@ 横山光輝(潮出版社)/2005年


鉄人28号 原作完全版 (1)
著者名:横山光輝
出版社:潮出版社
出版年:2008.10
ISBN :EB60020785


たまたまTVのBSをつけたら、劇場映画版『鉄人28号 白昼の残月』(今川泰宏監督)がはじまるところだった。
昨年、テレビ東京で『鉄人28号』をやっているのは、これもたまたま見かけることがあった。
『鉄人28号』は、小学生の頃、最も好きだったアニメ。当時、手塚治虫の『鉄腕アトム』と人気を二分していた。鉄人とアトム、どっちが強いかで、けんかまでしていた子もいた。僕は、鉄人派だった。
それでも、これといってリメイクには興味がなかった。
だが、『鉄人28号 白昼の残月』は、最初から衝撃的だった。
現在、昭和30年代ブームといわれる。それは、戦後の焼け野原から立ち直り、高度成長期へと向かうロマンチックな風景で成立している。
だが、それは本当の姿だろうか。
ほとんどの人間が戦争にかかわり、なかにはアジア諸国で残虐な行為をしていた者もたくさんいただろう。そして、一方では戦争の亡霊がうごめきはじめていた。
昭和30年代のレトロブームは、完全に被害者の物語を土台にして成立している。
加害者としての物語は、見事に隠されている。
だが、この映画に描かれている昭和30年代は、まったく違う。
僕の記憶では、あくまで鉄人は悪者どものつくったロボットと戦う正義の味方だった。
だが、この映画では、鉄人は前大戦の日本の最終兵器として開発されたものであり、そして他の登場人物たちも何らかの戦争の傷を背負っている。
実際、前大戦末期、日本は一発逆転の兵器をもっているという噂が流れていた。その証言を何人もの人から聞いた。
どこまでが原作通りなのか、確認するために本書を購入した。
原作でも、鉄人は前大戦の最終兵器として開発されていた。
映画では、原作と違って大きく物語をつくっているが、もしかしたら原作者の横山光輝の戦争への思いを最も反映しているのかもしれない。
あっというまに、今川泰宏監督のファンになってしまった。
音楽を担当したのは、伊福部昭。
ゴジラのテーマ曲で有名な伊福部さんだが、鉄人で使われた曲がまたいい。
もともとは、アイヌのリズムで書かれた曲。
今一度、この昭和30年代ブーム、そしてこの国の戦前、戦中、戦後を見なおすいい機会かもしれない。

手元にある鉄人28号関係の書籍は下記の通り。
* 『鉄人28号』原作完全版A(潮出版)2005年
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2008年10月28日

『風の王 砂澤ビッキの世界』柴橋伴夫(響文社)/2001年第2刷


風の王
231.jpg著者名:柴橋伴夫(著)
出版社:響文社
出版年:2001.03
ISBN :9784877990053


2008年7月に、舞踊家の麻生アユミとアイヌをめぐる作品『オラトリウムの森から』をつくった。
それで、アイヌに関する資料をいろいろ読んだのだが、おそらくアイヌ民族として最も過激に抵抗した人の名をあげるなら、木の彫刻家、砂澤ビッキだろう。
しかも、彼はひとりで抵抗した。
砂澤ビッキは、昔から最も好きな彫刻家のひとりだった。
本書は、渋澤龍彦をはじめとするビッキの意外な交友も含めて、ひと通り追っている。全体像を知るという意味ではよいかもしれない。
この本のなかにもしばしば名前が登場する現代美術家の岡部昌生さんと、先日飲みながら話した。
ビッキの名前を出したとたん、岡部さんの表情が変わった。非常に厳しい顔になる。
岡部さんは、ビッキが亡くなった直後、ビッキのアトリエに入り、そこにある作品をはじめとしてビッキの使用していたものを、フロッタージュという方法で記録した。
その岡部さんの表情の変化ひとつとってみても、砂澤ビッキという存在の大きさ、そして人とのつきあいの濃さがうかがえる。
いまでも風雪にさらされたビッキの作品が北海道にある。木彫ゆえに、やがて朽ちるだろう。
「風が彫る」
ビッキはそう言って、あえて木彫作品を野外に展示した。
朽ちる前に、なんとか目撃しなければならない。

手元にある砂澤ビッキ関係の書籍は、下記の通り。
* 『砂澤ビッキ−風に聴く』浅川泰(北海道新聞社)1996年
* 『砂澤ビッキ作品集』(用美社)1989年
posted by NIHEI at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術/アジア

2008年09月26日

現代俳句の世界6『中村草田男集』(朝日文庫)/1984年


現代俳句の世界 6
230.jpg著者名:中村草田男(著)
出版社:朝日新聞社出版局
出版年:1984.01
ISBN :9784022609267


縁というものは、まことに不思議なものである。
そもそも中村草田男の名は、寺山修司を通じて知った。
日本の演劇人のなかで、僕が最も影響を受けたのが寺山修司だった。
その寺山修司が10代で歌人として華々しくデビューしたとき、盗作問題が起こった。
その盗作された方が、この俳人中村草田男であった。
今年2008年、愛媛県久万高原町にある町立久万美術館では、開館20周年記念として『万作と草田男―「楽天」の絆』(10/4[土]−11/24[月・祝])を開催する。
この展覧会のための映像作品を、詩人であり、映画監督である稲川方人さんが依頼された。
「CLASS OF 1916」
伊丹万作亡き後、友人である中村草田男が書いた手紙の言葉と、ふたりに縁のある松山の風景で構成された20分ほどの作品。
死者への想いが、時代を越えて松山の叙情のなかで強く立ち上げられている。
この作品の音楽を、僕が依頼された。
稲川方人監督作品の音楽は、前作のドキュメンタリー映画『たった8秒のこの世に、花を』につづいて二作目。
そこで、買ったまま読んでいない本書があることを思い出した。
意外にも、カバー装画は現代美術家の宇佐美圭司。少し和風になっていて、妙な感じがする。
ところで、今年11月には、同じ愛媛県の松山で、寺山修司作の市街劇が上演される。
この作品には、松山在住の大学時代の演劇部の先輩が出演する。
寺山修司と中村草田男のこともふくめて、何とも奇妙なめぐりあわせだ。
僕はこの展覧会のオープニングで、急遽ミニライブをすることになった。
そこで、その先輩とは再会することになるだろう。

松山、数十年ぶりに訪れる、母が育った街。

「外光や友亡き者の冬の旅」中村草田男
posted by NIHEI at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌/アジア
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